私たちが知らかった入院中のことを話してくれた【母の病気94】




テーマ : 介護
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日記形式で書いています。


8月8日(在宅介護43日・入院してから203日)


夜の吸引は、昨日の22~23時にかけて多かったです。それ以降は、吸引はなく、朝まで大丈夫でした。

今日は在宅診療の往診があるため、会社が休みです。

会社の日、私は6時に起きて1人で朝食を食べているのですが、今日は休みなので、朝食を母と一緒に食べるために、母と同じ7時に起床しました。

吸入後、母と一緒に食パンを食べました。

母が病気になる前は、6時30分ごろに起床して、母と一緒に朝食を食べていました。

母が入院してからは、1人で朝食を食べていました。母が入院したことで、今まで当たり前だった日常がなくなってしまいました。

1人で食べる朝食は楽しくありません。ただ、栄養を摂取するといった感じです。

母が退院したらやってみたいことの1つは、「一緒に朝食を食べる」でした。その目標を1つ達成しました。やはり家族一緒に食べる食事は楽しいです。

10時30分に在宅診療の先生が自宅に来ました。

在宅診療は基本的に1ヶ月2回が予定されていて、この時に気管カニューレの交換を行います。

前回は交換時に出血量が多かったため、今回はキシロカインゼリーを潤滑材にして気管カニューレを交換をしました。

気管カニューレを外す際に出血はしたのですが、前回よりは出血量は少なく、交換にかかる時間も短かったです。

母も前回よりは苦しくなかったようで、表情も前回より明るい印象でした。

以前は、「在宅診療の先生が来る=苦しい気管カニューレ交換」という認識があり、前日から気持ちが落ち込んでしまうことがありました。

今日は、在宅診療の先生が来ることを直前まで忘れていました。もしかしたら、そのほうが良いかもしれません。

11時30分に言語聴覚士の方が来て、体を動かすストレッチをやりました。

カニューレ交換はそれほど苦しくなかったのか、比較的笑顔が多かった感じがしました。

17時にかかりつけの薬局から連絡が来たので、薬を取りに行きました。

夕食後、散歩に行って戻ってきた時に、アジサイの剪定をしていました。

久しぶりに、母が庭仕事をやっているところを見てうれしくなりました。やはり感覚というものは忘れていなくて、手慣れた様子で枝払いをしていました。

寝室に戻ってから、母と30分ぐらい話をしました。

病気になってから入院して手術、そして転院して退院までの状況を話しました。

もしかしたら、命が危なかったということ、飲み込みの力が戻らなかったら、声が出せなくなったかもしれないということも話しました。

このようなことを話すのも、今、母が無事に退院してきているからこそ、話せる内容です。

母が急性期病院に入院して手術をした時のことを話してくれました。



私たちと別れた後、手術着に着替えて、何人かの看護師さんが手術室まで運んでくれて、手術室に入ると、たくさんの人が手術の準備をしていて、麻酔をして、その後は眠ってしまったので分からなかったと言っていました。

この時の状況について、私たちは知らなかったので、初めて母から、手術直前の状況を知ることができました。

手術が終わって、集中治療室に移された後、私たちと会ったのですが、何となく、母は私たちと会ったことを覚えていたようです。

回復期リハビリテーション病棟に転院した後、最初は綿棒を使って、喉仏のあたりを刺激して、飲み込みのリハビリを続けていたそうです。



私たちが知らなかったことを母が話してくれました。

「これからも、気管カニューレが外せるようにリハビリをがんばる」と、母は話してくれました。

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